広島高等裁判所 昭和63年(う)25号 判決 1988年6月30日
国籍
韓国(慶尚南道泗川郡泗川面琴谷里)
住居
山口県下関市綾羅木本町一丁目一二番五号
パチンコ店経営
金子音一こと金玉烈
一九三〇年二月四日生
右の者に対する法人税法違反、所得税法違反被告事件について、昭和六二年一二月二二日山口地方裁判所が言い渡した判決に対し、原審弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は検察官加藤圭一出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人田村道雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官加藤圭一作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。
これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
論旨は、要するに、原判決の量刑不当を主張するものである。
そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果を参酌して検討するに、本件は、パチンコ遊技業、旅館業等を営む有限会社レストパークとようらの代表取締役をしていた被告人が、(一)原判示第一のとおり、下関税務署長に対し、右会社の昭和六〇年度の法人税につき虚偽の法人税確定申告書を提出して法人税額二四八〇万八七〇〇円を免れ、(二)原判示第二の一ないし四のとおり、下関税務署長に対し、昭和五七年度分から昭和六〇年度分までの所得税につき虚偽の所得税確定申告書あるいは所得税損失申告書を提出して所得税合計八三六九万四五〇〇円を免れたというものであるところ、右のとおり、本件は所得税のほ脱税額が四年分で八三六九万円余りと多額に上り、法人税のほ脱税額を合わせると一億円を超す大型の脱税事案であり、しかもそのほ脱率も法人税法違反が一〇〇パーセント、所得税法違反が四年分の平均九三パーセント余りと極めて高率な事案であって、このような本件犯行の罪質、脱税額、ほ脱率等に照らすと、被告人の刑責には重いものがあるといわなければならない。そうすると、被告人はこれまでさしたる前科もなく真面目に働いて来たもので、本件犯行についても十分反省していること、原判決が確定するとパチンコ店の許可が取り消されるおそれがあることなど所論指摘の事情を十分斟酌しても、被告人を懲役一年二月(執行猶予三年)及び罰金二〇〇〇万円(求刑懲役一年六月及び罰金二〇〇〇万円)に処した原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。
よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村上保之助 裁判官 藤戸憲二 裁判官 平弘行)
○控訴趣意書
被告人 金子音一こと 金玉烈
右の者に対する所得税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりである。
昭和六三年四月一日
右弁護人 田村道雄
広島高等裁判所第一部 御中
記
原判決は、被告人を懲役一年二月(執行猶予三年)及び罰金二〇〇〇万円に処するとしているが、右判決は刑の量定が不当であるので、その破棄を求める。
一 被告人のおいたちについて
被告人の両親は強制的に日本に連れて来られ、以後重労働を課せられていたものであるが、被告人は三歳のころ右両親と一緒に日本に来ている。その少年時代は非常に貧しく鉛筆一本も買えない生活であった。
右のような経歴を持つ被告人が金銭に執着心をもち成人して、家族や従業員あるいは自分の老後を考え、本件各犯行に至ったのであってその動機には斟酌すべき面が多い。ことに、被告人は酒も煙草もコーヒーも飲まず、働くのが生き甲斐という人生を送ってきており、脱税した金も自分の贅沢等のためにはまったく使っていない。
二 パチンコ店の経営について
1 被告人が懲役一年以上の刑に処せられた場合にはパチンコ店の許可を取り消されるおそれが多分にあり、そうなった場合被告人及びその家族はもとより約三〇名いる従業員はたちまち生活に窮してしまう。ことに、下関では中高年の働き口が非常に少ないことから被告人は五〇歳代、六〇歳代の人を多く雇用しており、右従業員に与える影響は非常に大きいものとなる。
2 パチンコ店の業界は、競争が非常に激しく、機械の入換えや店舗の改装等が頻繁に行われるが、現在被告人は営業資金に窮している状態である。
三 二重処罰について
被告人は重加算税等はすべて支払っており、法律上はこれが行政上の措置であり罰金刑とは二重処罰の関係にないとしても、被告人にとっては二重の苦痛であることには代わりはなく、また、その金額が金二〇〇〇万円というのは重きに失する。
四 被告人の現在の心境について
被告人はこれまで一生懸命働いてきたが、脱税のような方法でお金を残すことは法律的には勿論、道義的にもまったく誤ったことであると深く反省している。
よって、原判決を破棄され、寛大な判決を賜りたい。